日本語ってば

「もとは英語でそれを伊訳した」ような本を読んでみると、欧米語間の翻訳って日本語訳に比べて「なんてカンタンなのでしょうまったくよー」と悔しくなります。彼らの言語は語順が一緒、SVO式すなわち主語、動詞、目的語の順に並んでいて、前置詞なんかの使い方も似てて、つまりは単語を置き換えるだけでも「翻訳一丁あがり」てなことになったりする。しかし、日本語にする場合は、まず語順でつまづき --日本語はSOV式ですね--、助詞でつまづき、形容詞をどこに置くかでつまづき...と、翻訳とはいえほとんどイチから文章を作るような気概で臨まないといけない(とわたしは思うのだが)。おまけに原文がひっでえ悪文だったりなんかすると、もう頭はこんがらがって「ぶあ●ふぁん●ーろ」と伊国語で悪態をつきながら世の中の不公平を恨むわたしであった。


でも、そうしていろいろ眺めてみると、日本語というのは本当に奥が深い、いい言葉だなあと思います。自分が日本人だからかもしれないが、その文字の多様さ、語彙の多さ、比喩の美しさ、語尾を変えるだけでも文章の雰囲気が変えられたりもするし、文字いっことるだけでリズムと感じが変わるし(>「鳥が飛んだ」と「鳥、飛んだ」では雰囲気違うでしょ。「鳥、とんだ」も微妙に違うね。あんましいい例じゃないが)、古文や大和言葉や敬語なんてのまである。選択肢が多く、厳密な決まりごとが少ない。とてもファジーな言語だと思います。そのぶんとりわけ読んだり/書いたりはヒト苦労ですが、でもだからこそおもしろいと今日もせっせと日本語と格闘するオタクなわたしであった。


ところでミラノではここ数年、和モノが流行りで、日本語を勉強したいなどという輩も多く、またそのための学校などもあるのだが、「日本人は漢字、仮名、片仮名の三種類を、ひとつの文章の中で使い分けているんだよお」てなことを説明すると、その場その時点で彼らの半数以上が退く。「漢字には音読みと訓読みがあって単語によってそれを使い分けるんだよお。厳密なルール? そんなのナイんだよお」てなことを説明すると、さらに半数がいなくなる。こうして一同をシュンとさせたところで「おまえら、ユーロが少し強いからってエラくないぜフフン」と、ここぞとばかりにエバってみせ、国際交流にせっせと水差すわたしであった。まる。