戦争の法(佐藤亜紀著)より

(前略)とは言え嘘にも三通りあるーー根も葉もない嘘、事実に即しながら凡そ真実からは遠い嘘、および必ずしも事実に即してはいないが鋭く真実の一面を突いた嘘だ。第一の嘘は私の最も愛するところだが、殆ど実行のチャンスがない。第二の嘘は犯罪的だとは既に書いた。そしてここでの私は最後のものを目指しているのである。私が語るのはかならずしも事実そのままではないが、それは真実を浮き彫りにするためなのだ。ご容赦願いたい。(後略)

佐藤亜紀の小説「戦争の法」45頁より引用


「必ずしも事実に即してはいないが鋭く真実の一面を突いた嘘」。この言葉を30年前に聞いていたら、無謀にも私も小説を書こうとしていただろう。小説家というのが何をする人なのかを、小説のなかでさらりと登場人物に語らせ、されどこれほど端的に(シニカルにw)言い切った例を私はほかに知らない。目にしてみればコロンブスの卵。でもこれを意識することは案外難しいことではないかと最近の本屋に並ぶお手軽な小説の山をみて思う。蛇足だが、現伊国の政治家のトップは第二の嘘つきである。


そして本作中で私が大爆笑したのがココ。119頁より引用。

(前略)良識を足蹴にするにはある種の思弁能力と想像力が要る。思弁し想像したことが実際の行動に移されるには、知性と抑えがたい欲望とが癒着していなければならない。知性と欲望が結びつくには、生来ごく繊細で、かつ、よく組織された感性を必要とするだろう。理性で欲望の尻を叩く悪逆の哲学者の誕生である。
 と言う訳で一般に、知的で、教育があり、繊細な感性を備えた男などろくな者ではないのだ。(後略)