イワシを食べる宣言

昨年のちょうど今ごろ、「コック」こと友人Hが4年半の伊国生活の末にニポンへと永久帰国した。なぜコックかと言うと料理が好き&滅法うまいからで、何を隠そうわたしは3年間もの永きに渡ってこのコックに日々のごはんをつくってもらっていた(この場を借りて深く御礼)。「ひとりぶん作るのもふたりぶん作るのも変わらないから」とのやさしき言葉に全体重をかけてのっかったわたしは、かくして3年間、料理をほぼまったくしなかった。そう、伊国でのasparagoはコックのごはんでおーきくなったのである(皆の者、異論はあるまい)。しかしコックは去り、それから約1年がたったのだなぁ...などと独りごちてみたとき、ある事実に気づいて愕然とした。


この1年間、サカナを買っていない。


自分で自分の餌をつくるようになってから、もちろん買いものだって自分でするわけだが、ウオ屋に行った記憶がない。伊国のサカナはニポンに比べりゃ「まずい」「ふるい」「たかい」「ワンパタン」なのは確かだが、それでも家から300mぐらい歩いたところには、まずまずの鮮度を誇る立派なウオ屋(のある市場)がある。なのに。当然ながら、買ってないということは食べてないということだ。振り返るとこの1年、ニポン滞在時を除けば、わたしがサカナを口にしたのは、寿司屋に行った回数と同じ、すなわち通算で7回ぐらいしかないんじゃなかろうか。


見過ごせない事態である。こちとら繊細なニポン人、伊人のように肉ばっかりじゃ身体にも精神にも悪かろう。実際、サカナの脂には身体にヨイ成分がいっぱい含まれている。青味のサカナの脂は頭の回転をよくする。ここのところ「ぼー」としているのは、サカナを食していないせいであったかと、気づいたとたん慌てふためいて、起きると同時にウオ屋へ向かった。


しかし。やはり伊国はサカナが高い。しかも、ニポンの台所には必ずある「サカナ焼き用のグリル」などというものは存在しない。それならばとコンロに網のせて塩焼きなどした日には、おそらく消防車が飛んで来る。つまり「塩焼き」という最も簡単で材料を選ばず、かつ最もおいしい食べ方をハナから除外しなければならない。となると、買えるサカナはただでも限られているのにさらに限られる。タイ、サバ、サケ、ニジマス、マグロ、カジキマグロ、スズキ、アジ、アンコウ、ヒラメ、シラウオ、イシダイみたいなやつ...貝類と甲殻類と軟体系を除くと伊国のウオ屋の常連は大体こんなところである。氷の上にきれいに並んだ彼らを見ながらウムムとフリーズしたわたしだが、氷原の隅にぞんざいに置かれたスチロール箱を見たとたん、凍った頭がゆるりと解けた。「なんだ、いるじゃないかもうひとり」。イワシである。


こちらのイワシはニポンの半分サイズぐらいしかない。それでももちろんイワシで、七つ星だってちゃんとついている。おまけに安い。して、これならば塩焼きにせずともいろいろやりようがある。かくしてわたしは10匹のイワシを購入、手でむきむきと開き、蒲焼きにして喰らい、しあわせいっぱいで誓ったのであった。これから週末はイワシだと。