オール讀物

1. 求めていらっしゃるのは、この人ではないでしょうか。
2. コーナーからの弧が白い光をよぎり、尾を曵いていく。
3. 「旅うかれ」という言葉があるかどうかは知りませんが、昨今の者たちの旅好きときたら、尋常ではございません。
4. 「あたしにまた演らないかって!」
5. 街へ入ったときには、すでに夕暮れが近づいていた。
6. シバノカホリは生まれた時のことを憶えていない。
7. 四歳も齢が上のせいか、高橋圭子の眼差しは成熟した大人のそれだった。
8. 池内壽子が暮らす淀橋区柏木の家は、新宿駅大久保駅のちょうど中間、淀橋第一小学校の裏手にある。
9. 四条から縄手通を上る老舗の鰻屋で、杉浦草は鰻丼を頬張りながら、まぶしい八月の光を見つめた。
10.石積孝太郎は、居酒屋などをチェーン展開する赤坂フーズ株式会社の人事部長だ。
11.むかーしむかし、子供の頃に、ゴヤというおっさんの描いた悪趣味な絵を見たことがある。
12.「毎年、もっと早くしまうんですけどね」
13.高瀬川沿いの桜が、葉を茂らせている。
14.本降りになったので尚更足を速め、わき目もふらずに帰ってきた。
15.斎場の玄関の両脇には、白い花輪が並んでいた。
16.警視庁捜査一課を経て、捜査本部の十津川に、電話が、入った。


...ふう。小説の出だしの1行っていろいろだ。いち読者として勝手な好みをいうと、1行目からコケている小説は読む気がなくなる。いち書き手(?)として個人的なことをいうと、だから最初の1行を書くのに一番だらだらと時間がかかる。全体の雰囲気ががつんと一発でわかるような1行にするのか、それともわざとぼかす-はずすして「ん?なんだなんだ?」と読者に先を読ませるように仕向けるか、会話から始めるか...いずれにしろ最初の1行によって、読む側のモチベーションは大きく左右される。それはフィクションのみならず、エッセイや雑誌の記事など、すべてに共通すると思う。


文芸誌というのを自分で買って読んだことはほとんどないのだが、仕事の関係で文藝春秋社のオール讀物(10月号)をいただいた。書き出しの1行に関しては、その小説が「連載か」「読みきりか」によっても大きく違うと思うのだが、このホンには、どれが連載もので、どれが読み切りなのかの記述がない。もしかして全部読み切りなのかと思ったら、「待望の新連載」という見出しが打ってあるものがあり、てことは連載モノもあるのだ。読んでみたらばわかりそうだが、これが意外とわからない。続きそうな気もするし、このまま終わってもよさそうな気がする。「これは読み切りなんだ」とわかった小説は、全16本中から、「新連載」あるいは「最終回」と銘打ってあった3本を除いて、1本しかなかった。こうなると今度は「最後の1行」の問題である。最後の1行もずらずらと連ねてみようと思ったが、疲れたのでやめます。


ともあれ、異なる視点や手法をもつ複数の著者の、時代や登場人物からその空気感まですべて異なる複数の作品がズラズラと並ぶ文芸誌は、文章を書きたい人にとってとてもよいテキストではないかと。いまさらながら。