で歯医者

4年間ずっと恐れていた事態がついに起きてしまった。「久しぶりにパンを食べよう」などと思ったのがそもそもの間違いだった。伊国のパンはひどくまずいので、ここ2ヶ月ぐらい口にしていなかったのだが、昨日ふと魔が差してパン屋に寄ってしまったのである。チャバッティーノと呼ばれる平たいパンをみっつ買ったわたしは、そこにマヨネーズとバターを塗ったくって、ウキウキと牛肉を焼きルッコラを洗い、ルンタタとピクルスなどもそこに添えてひとりほくそえんだ。「おお。十分豪華な夕食ぢゃんか」。


ガジ。
ひとくち噛んだとたん、何かいけないものを噛んだ音がした。


ガジ。
ふたくち噛んだら、再びいけない音がした。


嫌な予感で口をゆすぐと銀色の金属片がふたつ。ああ。とうとう。伊国で歯医者である。しかし、舌で口中を探っても一体どの歯から抜け落ちたのかわからない。「伊国で歯医者」との事態に度を失ったわたしは、慌てて鏡の前で手鏡など口の中に突っ込んでみたのだが、手鏡が大きすぎて口いっぱいで、なんにも。見えない。いつの世も悲劇は喜劇。鏡に映る自分は、たいそうまぬけである。


重い重い気分で一夜が明け。あと3時間後に伊国で歯医者。初体験。刑の執行を待つ死刑囚とはこんな気分か。