コピーライターが元気だったころ

39度を越える熱を出した昨夜、悪夢に転げ回った。「終わりのない複雑な伊語の文章を、鏡に映して読まなければならない」という試練を課せられる夢だった。大量の横文字が頭の中を流れていき、やめればいいのにそれを読み続け、夢の中なのにこれは気が狂うと「実感」した。のたうちまわって目覚めたとき、昔々の広告のキャッチコピーがいきなり頭に浮かんだ。


「何も足さない。何も引かない。」


サントリーウィスキー山崎の広告コピーで西村佳也の作。昔々にコピーライターを目指していた私は、このコピーが大好きだった。そしてもうひとつ、忘れられないコピーがある。


「ほしいものが、ほしいわ」


こちらは西武百貨店糸井重里氏の作。池袋の駅で、男の子と女の子がキスをしかけているという写真がついたこの広告ポスターを盗んだ。


たった1行からなる表現は、そのものの行間を読むというよりは、受け手のそのときの気分や想像力や時代の雰囲気といった「茫洋とした大きな器」の中に据えられてはじめて何かを伝えるものになるという意味では、文章よりも音楽やアートに似ているとわたしは思う。


そういう才能のなかったわたしは、コピーライターになることを諦めたが、あのころあんなに元気だったコピーライターは、どこへ消えてしまったのだらう。1行が持つ美しさや強さを思い出させてくれるような人は業界にはもういないのだろうか。