交渉をする

我が家に1台のWindowsマシンがやってきた。Windows嫌いのわたしが、まさか買ったわけではない。1ヶ月間の喧嘩に限りなく近い交渉の末、ひとつの仕事の依頼元から届いたものだ。まさかいただいたわけではない。あくまで借り物なのだが、それでも伊国のお金のない、危機的状況の把握力に乏しい、危機的状況を脱するにも自らは動こうとしない、そのために幾千万の屁理屈と言い訳を並べる(ことができる)、責任回避かつ他力本願な企業から、パソコン1台を借り出すに到ったことには、大きな疲労と満足感を覚える。


はじめに断っておくが、伊人は親切だ。愛想もいい。殿方はとくに女性に甘い。しかし。いざ「自分の腹が痛む」事態が訪れたときは豹と変ずる。そして、もちろん個体差はあるが、概して、伊国とニポンでは、自らの利益を守ろう、自らの言い分を通そう、という場合のやり方が、明らかに違うように思う。だからおそらく、伊国で暮らす多くのニポン人にとって、伊国人との交渉はとてもたいへん。だ。


以下、あくまで私感だが、伊国での交渉の第一ポイントは「主張しなければ負ける」。台詞としてはよく聞くが、いざ実践となると、概して、私も含めニポン人は、この一歩目でつまづく。ニポン人だって、もちろん主張はする。しかし、乱暴に一般化してしまうと、ニポン式の主張は「相手もそこそここちらの立場を考えてくれるだろうな」という期待をもってなされることが多い気がする。つまり「自分の意向を100%押し付けてくる」とか「こちらの話を聞かずに無茶な理屈を力づくで通そうとする」といった交渉相手を想定していない。つまり、ニポン式の交渉が目指す先は、ハナから「どちらの意見が通るか」ではなく「どこで折り合うか」なのではないかと。だから、主張のしかたに、相手の意向への配慮や、その場が気まずくならないような気遣いや、加えて「あんまりえげつないこと言って嫌な奴だと思われたらイヤだな」という思惑などが含まれるのではなかろうか。実際、主張はうまく通ったのに「あいつはイヤな奴だ」と後ろ指を指される、といった悲劇も耳にする。


対して。伊国式の主張は、第一段階では「とにかくこちら側の意向を100%通してやる」という意気込みをもって行われる。気がする。具体的には、相手の意向などおかまいなく、相手の話など聞かず遮り、その場の雰囲気が険悪になろうが気にせず、吾が道を突き進む。主張を通すためなら、大声で威嚇する、鼻白んだ態度をとる、先生が子供に話すように諭す、いきなり自分だけ冷静になった素振りを見せるなどなど、あくまでえげつなくあらゆる戦術を駆使する。でも、いいのだ。おそらく。えげつない態度をとれば伊国でも「イヤな奴」という評価はなされるが、ただ私が見る限り、この国で、交渉時において「イヤな奴」にならない奴のほうが少ない。俳句調でいくと『交渉時・一億総勢・イヤな奴』。一億総勢がイヤな奴なら、イヤな奴という評価自体が意味を失う。だから、いいのだきっと。して、そんな人々を相手に「イヤな奴だと思われたらどうしよう」などとマゴマゴ考えていたら、たとえ無茶苦茶だろうが相手の意向を100%押し付けられて終わる。


しかし。私の見るところ、ポイントはもうひとつある。第二のポイントは「主張しすぎても負ける」。伊国の交渉は、ニポンのそれと比べるといかにも好戦的に見えるが、「これ以上は言っちゃいけない」「ここまで言ったら、一度は愛想よく笑わなければいけない」「ここまでの激しいやりとりをジョークで薄めなければいけない」という微妙なラインがある。気がする。つまり「とにかくこちら側の意向を100%通してやる」という意気込みで始めることは始めるのだが、そのぶつかり合いの中でも、上記のラインを踏み越えないように気をつけながら、「折り合うきっかけ」を見逃さないことが肝心なのだ。つまり、相手側の100%を、隙をつき、弱点を叩き、ときに笑いながら、ときにジョークの後に切り込んで、90%、80%、70%...と削っていくわけだ(伊人だってもちろん折り合う。当然だ。最後まで「100%」を曲げないのであれば、伊国は国際社会の中で生きていけない)。そのラインを見切れなくて、あるいは折り合うきっかけを見誤って、たとえばただひたすらに高圧的に怒り続けたりすると、伊人は今度はヘソを曲げる。「絶対にこいつの言うことなんか聞いてやるもんか」。こうなったら、伊人は深海で死んだ貝になる。もう開かない。絶対に開かない。そしてこの(ときに子供じみた)彼らの態度は「だって相手が失礼なんだもん」という一言で彼ら自身の中でも、世間的にも正当化される。


長々と書いたが、以上をふたことでまとめると:
1.言い争うだけ争って、それでも最後は笑って「チャオ」で終われるようにもっていく
2.男も女も、忘れちゃいけない可愛気とユーモア


注:実践して効果がない、あるいは望まぬ結果が出た場合も当方は一切責任をとりません。また、以上は、あくまで「そもそも利害関係が対等に近い」場合に限ります。利害関係もしくは社会的立場に大きく差がある場合は、まったく機能しないことが予想されますのでご注意ください。